綿矢りさ『ひらいて』読了
この作者は、新刊の度に作風が変わる。
この作品は女子高生を主人公とした三角関係の物語である。
こう書くとライトノベルのような軽い感じである。
しかし、ありふれたテーマ、ストーリーであっても、
表現が鋭いので新鮮味がある。いわば卵焼きである。
誰にでも作れる。が、腕が良いので一味も二味も違う。
先ず、出だしが凄い
彼の瞳。
凝縮された悲しみが、目の奥で結晶化されて、微笑むときでさえ宿っている。本人は気づいていない。光の散る笑み、静かに降る雨、庇の薄暗い影。
存在するだけで私の胸を苦しくさせる人間が、この教室にいる。
さりげないしぐさで、まなざしだけで、彼は私を支配する。
主人公は、優等生であり、仮面をつけている。自分でもそのことをかなり意識している。それは以下の言葉からわかる。
私はたくさんの情報が体を流れてゆく感覚が好きだ。それらは私になんの影響も与えずに透過してゆくけれど、確実に私をよごしてくれる。毎日のニュースは、その日浴びなければいけない外での喧騒に耐えるための、免疫をつけてくれる。
終盤で、「私」が彼に伝える場面。もはや仮面など剥がれ落ちて、むき出しの気持ちをぶつける。
「私、たとえ君のためだったら、両目を針で突けるよ。その代わり、失明しても、一生見捨てずに、そばにいてね。どう、これで美雪より私を好きになる?」彼は頬杖をついたまま、動かなくなった。
最後の方で、思いを込めた鶴がポケットの中にあることを見つける。
「この中にこめた、いっしんに込めた想いは、一体どこへ」
と思っているところから、第三者である男の子に対して「ひらいて」とつぶやく場面がよい。自分の中にため込んだ感情が美雪やたとえ君との交流を通じて、変化し、第三者へと送られる。
内田樹の言葉で言えば『祝福』の贈り物である。
死体もどんでん返しの謎もないストレートな青春小説である。だが、さらりと読むことはできない。ざらりと心をやすりでかけられるような読後感がある。